沢田研二と田中裕子が離婚前から交際したきっかけこそが純愛?

この記事は2分で読めます

沢田研二さんのコンサートドタキャン事件によりさらに話題性が増した沢田研二さん、今回は会場に満足いく程のお客さんが集らなかったからコンサートを中止したとのことでニュースになりました。そんな沢田研二さんの過去の経歴を調べてみたところ、現在の夫婦生活に至るにも波乱があったことがわかりました。今回はこのことについて取り上げていこうと思います。

 

スポンサーリンク

沢田研二と田中裕子が交際に至ったきっかけはまさに純愛?

 

色々と調べてみると、映画での共演(「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」)がきっかけだったとささやかれていたそうです。

 

映画のワンシーンですがお二人とも若い上にかなりのレベルの美男美女!!一般人の感覚からしたらこの2人が魅かれ合うのも当然と思ってしまいます。とにかく若い頃の沢田研二さんが美男子で色気がスゴ過ぎる!

 

 

1982年に出会い、83年の夏には沢田研二さんのマンションに通っていたというのだから82年に出会った頃から関係はあったのでしょう。

 

よく、映画やドラマで恋愛関係の役を演じると、その相手と本当に恋愛をしているかの錯覚になり、リアルな恋に発展しやすいという話を聞いたことがありますが、映画のストーリー展開のような恋愛を現実にも投影したのであれば、それは純愛のように発展したのかもしれません。(リアルでもチンパンジーの話をしたかどうかはわかりませんが…)

 

 

田中裕子と沢田研二は離婚する前から交際して家族に

 

しかし、人気絶頂であった沢田研二さん、少し考えればこの人気も不倫報道がされてしまえば陰りが見えたり下手したら仕事が減る等のことは容易に想像できたはずです。それにも関わらず交際を続け、交際8年後に結婚に至ったわけです。

 

そして、現奥さんである田中裕子さんのお父さんが無くなった時には沢田研二さんは親族席にいたということなのでこの時点でもはや家族として認められていたのですね。

 

不倫から始まった恋愛とはいえ長く家族ぐるみで交流をもっていたのならばこのような場面も不思議ではないのでしょう。

 

 

沢田研二が離婚した際の慰謝料総額が”超富裕層”レベルでヤバ過ぎる件

 

沢田研二さんが離婚の際には前妻である伊藤エミさんに慰謝料を支払ったのですが、その慰謝料の総額が18億円に登るというのは凄まじ過ぎる程です。時代が時代なだけにバブル時代に当たっている頃なので、スターとしての年収は下手したら今の時代では考えられない位の収入を得ていたのかもしれません。

(なにせその当時のタクシードライバーの稼ぎが毎晩10万円以上という今では信じられない時代)

 

18億円の慰謝料は沢田研二さんの資産でありテニスコートを含めたものとのことなので、家ももちろん含まれているのでしょうが18億円は凄まじいの一言です。

 

最近、芸能人○○の豪邸という触れ込みで報道された際にも○億円という話は聞きますが沢田研二さんの場合は一桁ではなく二桁なので、その当時の人気と収入の凄まじさが想像できます。

 

ちなみに18億円の資産ともなると日本国内では”富裕層”を超えた”超富裕層”と言われているそうで金融資産5億円以上なので沢田研二さんは余裕でこの超富裕層に入っていたことになります(時代は違いますが)。

 

巷では若干ネガティブな雰囲気の話題が印象的な沢田研二さんですが、調べてみると本当に一般人では経験できないような世界に住んでいることがわかりますね。今後も引き続き話題が出てきそうなので目が離せない人の一人です。

 

 

スポンサーリンク

         
  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

管理人プロフィール

雪丸:マイペースなサイト管理人です。”世間の情報の海”を進みながら情報をピックアップ!芸能関連、社会の事やお金にまつわる事といった週刊誌の様な多ジャンルを目指しております。ニュースに対して”世間様の見解”や”業界の表に出ない部分の噂”といった角度からの考えを文章にしております。 ニュースの裏には様々なストーリーが隠れている!? そんな感じで思ったことを書いております。 ※女性向け記事は女性が書いています。

サイトについてのお問い合わせ